関連記事・論文
片山歯研セミナービデオを見る会に参加して
日本有機農業研究会理事長 佐藤 喜作
恒志会セミナー参会の御礼に変えて
まず以てこのセミナーに部外者である日本有機農業研究会理事3名の参会をお許し戴き、感謝申し上げます。
実は5月28日に土居先生、沖先生以下幹部の先生方とお会いして恒志会とネットワークにより、相互の会に活気を与えられ発展が望めるのではないかと合意、取り敢えず今回のセミナーに参加させて戴きましたが、私にとっても大変な勉強になり、そのお礼と感謝と今後にご期持もうし上げたい事項を記させて戴きます。
まず片山恒夫先生の人格、識見、人間愛、経営を度外視して患者の過去、現在を深く診察し、今よりも未来に焦点をあてる診療をビデオで垣間見させて戴き、ただ頭が下がる思いでありました。
このセミナーが2泊3日の期間、中日は実に実質12時間の学習で会員の皆さんはたしかに自分の職業とは言え、真面目に受講されている姿には驚きと仝くの素直な気持ちで敬意を覚えました。
このような先生方に診療や指導を受けられる人は、本当に幸せなことだと存じました。
一般人の歯とロに対する認識
概念としては皆健康について無関心な者はいないのですが、歯とロについてはとかく軽視される傾向であります。私自身今80識で両下奥歯2枚計4枚が義歯であるのに、今まで歯痛で歯科に駆け込んだ経験はなく、歯磨きなども適当にやっています。この様な事は多く関心が薄い証拠で、全国民が健康診断は義務的に実施しているのに、口腔、歯科についての健康診断は実施されていないのです。にも拘わらず誰一人文句もないのは、その証拠になります。私は家畜の診療をする際に般も重点的に見るのはまず第一に限と口腔、歯でありました。
考えるに総ての効物の「健康と病気の入り口」とも言える口腔と歯の状況いかんは全身臓器の健康を左右する極めて重要な器官であり、その実体をビデオでも確認する事ができました。
ブラッシングの効用 治療の自給
ビデオで刮目したのは、歯磨きではないブラッシングの劇的な効果であります。歯周を含め歯並びの矯正や虫歯などにも効果があるようで、特に進んで歯ぐきから出血するようなものには、片山先生の考案された四種類の歯ブラシがあり、その使用で驚くべき回復を見せるのです。これは健康回復の自給運動でもあると思いました。
自給と言えば私はよく病畜の採血をしてそれを家畜の皮下注射の治療をしたものです。その思いは、これにより免疫力、対病力が増加するであろうということで、これも健康回復自給と考えていたのでした。
重要な話しかけ 説得法
片山先生の患者に対する説得法の巧みさは、すばらしい限りでその根元は深く広いそして暖かい愛に満ちた、そして人情の機微にふれたもので、もっと早くこのビデオをみていたら、私の協同運動や有機農業などで人を説得する強力な力になっていたと残念に思いました。
加えて先生の心に問題をかかえている患者の接し方も説いておられるが、これも前者と同じく慈愛に満ちたもの、自然への畏敬の念を持たねばなし得ないことで感銘を受けました。
また説得に己の主張をストレートに向けると反発あるいは無視されがちであるので、それを権威ある人の書いたものを例にして読ませることが最短距離であると説かれていました。たしかにこれは効果の上がる方法でしょう。
再生回復力を持つ歯
とかく歯の治療は技いてしまうことが多いと思いますが、先生は歯を残してブラッシングなどで完全再生ではないが、再生させた写真をみて、目を見張りました。
考えてみると人間の歯は動物と異なり乳歯が永久歯に変わり、永久歯は消滅するだけと思っていたが、かなり消耗していても、いくらか再生されることも私にとっては想像のできない新発見でした。
そして咬合のいかんで内臓疾患が左右され、咬合矯正により腎臓病や肝臓病が完全に治癒した例など、如何に歯と歯列や咬合が正常であることが重要であるかを確認できました。
又その人間の環境や職場、就職、定年、家庭環境等の変化で歯列なども変化する実態を見るにつけ、歯科の健康診断で早期発見し、全身即ち心身の健康対策をたてる必要があると痛感しました。
離乳食と口腔の成立
日本食が欧米諸国から注目されている。それは長寿率が高いこと、肥満者が少ないことからであったと思いますが、その特色は粉肉食と粒魚食との違いでもありましょう。そして片山先生は離乳食の重要性を力説されております。それは口腔歯列などが左右されるからであります。養鶏で育雛時に粉食や卵黄を与えるのが通常ですが、有機農業では玄米粒を与えて消化力を強める方法もとられます。
そういえば最近の若者の顔は三日月型で、下顎が極めて細くなって堅い食べ物を敬遠するが、これも健康を弱いものにし頭脳の刺激を弱めることに通じます。よい歯で十分噛んで食する重要さがおろそかになります。
自信と誇りと運動と
私はこのセミナーに初日と終日は途中で、中一日は全日程参加させて頂きました。しかもセミナーの内容も、又専門的知識も稀薄な状態であり、以上のレポートは思い違いが多いと思いますが、改めて歯と口腔の重要さを身にしみて植え付けられました。
この重要さを恒志会始め歯科関係者は国民に、為政者に強力な啓蒙を怠たってはならないと思います。そしてまず手初めの実践として毎年歯科口腔健康診断を全国民の義務とさせる制度の創立が必要と感じます。歯科医療発展の経営の為ではなく、名実ともに世界に冠たる健康長寿国日本にするための一里塚になると思うからです。
それは身上不二、日本の土から生産される安全な農産物、即ち有機農産物で完結します。
歯科口腔疾病に苦しむばかりか、内科疾病の回復の隠れた貢献を発揮する為にも各科医師とネットを太め、苦しむ患者の救世主として自信と誇りを胸に今後の活躍を、満腔の思いを込め、恒志会の発展と各位のご多幸をお祈りいたします。
遠藤周作、30年前の提言から 「心あたたかな医療」運動のこと
2012 恒志会会報 Vol.7 より
加藤宗哉 Muneya Kato:作家 ・「三田文学」編集長
作家・遠藤周作が晩年に行なったキャンペーン「心あたたかな医療を考える」は、遠藤家で家事を手伝う女性の、突然とも言える死がきっかけとなってはじまった。
彼女は25歳という若さで骨髄癌に冒され、余命一ヶ月を宣告されていた。
それでもなお種々の検査が繰り返されるという状況を見かねた遠藤は、病院に対して検査回数の減少を申し入れた。
同時に、遠藤は人気作家になって以来初めて、自分から原稿を新聞社に持ち込んだ。
そのエッセイ「患者からのささやかな願い」は 1982(昭和57)年の4月4日から9日まで「読売新聞」夕刊に掲載され、それに共感した読者からの投書は300通を超えたと報告されている。
こうして、「心あたたかな医療を考える」運動は開始された。
遠藤は新聞・雑誌で精力的に医療関係者たちと対談をした。
あるいは病院や大学で 講演を行ない、医療奉仕のボランティア・グループも組織した。
しかしそのような提言や行動が、一部の医師や看護師からの反発を招いたのも事実だった。
彼等の多くは言った。― 医療には、小説家のような「医療の素人」にはわからぬ問題が数多くあるのだ。
これに対して遠藤はこう反論した。― 医師が病気の玄人だと言うのなら、私は患者の玄人です。
実際、この作家は若い日からじつによく病気をしていた。
学生時代の結核にはじまり、痔、肝臓病、糖尿病、そして結核の再発。
その後も高血圧、蓄膿症、腰痛、前立腺炎を体験し、さらに最後は腎臓を患っての人工透析と、その人生のほとんどを病気と向き合ってきた。だからこそ、「私は患者の玄人です」と言うのである。
しかし遠藤は新聞や雑誌で、医療制度批判や医学の倫理を説こうとしたのではなかった。
彼が提案したのは、病院で改善可能と思われる現実的な問題 ―たとえば、入院患者の夕食時間についてであった。
当時(1980年代)の病院の夕食時間は 4時半から5時というケースが多くみられたが、それについて遠藤はこう言った。
健康な人間でもそんな時刻に夕食は摂らない、まして病床にあって運動はもちろん動くこともままならない患者なら尚更ではないか。だから、「せめて夕食の時間は午後6時に」と提案したのである。
あるいはまた、尿検査の際、患者が若い女性であったとしても、病院側は「この紙コップに尿を採って、ここまで持って来てください」と言った。つまり、その若い女性患者はトイレで採った尿を入れた紙コップを手にして、多くの人びとがいる待合室の前を歩かねばならなかった。その無神経さに対して、改善を勧めたのである。
いま、夕食時間が4時半や5時という病院を見かけることはないし、また尿検査の紙コップもトイレに所定の容器入れが備えられているのを我々は知っている。
こうした遠藤周作の医療への提言に賛同した人びとは当時も多かったが、そのなかには当然ながら医学の専門家たちもいた。
前弘前大学学長の吉田豊氏もその一人で、彼には『医者がみた遠藤周作 ―わたしの医療軌跡から』(プレジデント社刊)という著書もある。
そのなかで、吉田氏は「わたしの記憶に深く残るひとりの生理学者」として久野寧の名を挙げ、久野の色紙の言葉「医の道は弱者への無限の道場である」についてこう記している。
「わたしはずっとその言葉こそ医療の本質だと思い、座右の銘としてきた。作家・遠藤周作と生理学者・久野寧の考え方は、この『無限の同情』、あるいは『哀しみへの連帯』という点で深く結びついている。だからこそわたしは遠藤周作という作家が行なった医療への提言に心惹かれるのだ」
吉田氏が書くように、遠藤文学は弱者や苦しむ者への共感と連帯感が主要なテーマになっていて、その意味では先の医療キャンペーンも発想の根本は同じである。
そして遠藤周作の場合、日常の生活においてもそれはまったく変ることはなかった。
思い出される光景がある。
まだ遠藤周作が60代の初め、にぎやかに飲んで騒いで笑った集りの、夜の帰り道、タクシーが信濃町駅前に差しかかろうとしたとき、遠藤が不意に、車をとめてくださいと言った。
そして舗道に降り立ち、車道の向こう側をじっと眺めはじめた。
私も車を降りて一歩離れて立ったが、遠藤周作の視線の先は慶應病院の入院病棟だった。
すでに午後9時を過ぎていて、病室の灯りは消えていた。
その黒い窓に向かい、いっとき、長身を伸ばすようにしていた。
30秒ほどだったろうか、「いや、すまない」と言うと、 もう車内にもどっていた。
私は、尋ねることがなぜかためらわれた。
そして一人で勝手に考えたのだが、たしかにそこは、かつて30代の終りの結核再発で3年の入院生活を余儀なくされた場所だった。
だがその個人的な思い出のためにさっき、夜の舗道に降り立ったのではないように思えた。
・・・その黒い窓のむこうには、いまも多くの入院患者たちがいて、病と向き合っている。
その人びとの辛さや苦しみに思いを合わせ、共感し、連帯しようとしたのだ、そうに違いない、と私は確信した。
“伝える”ということ 漫画の役目
2013 恒志会会報 Vol.8 より
魚戸おさむ:漫画家
皆さんは現在漫画を読むことはありますか? 雑誌で、単行本で、ネットで、ケイタイで、電子ブックで・・・今はいろんな媒体があり、読まれ方も様々です。
「ここ何年も読んだことはないねえ」という方でも人生で一度も読んだことがない人は、ほぼいないのが日本人だと思います。それくらい漫画は日本に根付きました。
ではそんな「漫画に影響されて現在がある。」という方はいらっしゃるでしょうか?
「手塚治虫の『ブラックジャック』(図①)を読んで歯科医を目指した」という歯科医師の先生はいるのでしょうか?
実は、裏の歯科医師の顔がありブラックジャックを地でいっている方がいたりするのでしょうか? 歯科医院の地下にあり得ない診療室があり、あり得ない高額だが、あり得ない治療で人を助けているとか・・・
漫画家はすぐそのような空想をしてしまいがちですが、そんな漫画の影響を素直に受けて漫画家になってしまった一人がこの僕です。
小学3年生の時にテレビで始まった手塚先生の「鉄腕アトム」(図②)のアニメの洗礼を受け、漫画を読みだし漫画を描き出すというこの業界ではエリートコース? を歩んで現在に至ります。早いもので洗礼を受けてからもうすぐ50年になります。
おそらくそんな漫画家は日本中に数知れずいて活躍しているのだと思いますが、それでも自分の漫画だけで食べていけている日本の漫画家は3000人ほどだと聞いたことがあります。なかなか狭き門です。歯科医師になるのとどちらの確立がいいのでしょうか?
運良くこうして漫画を描く仕事に付き暮らしていけていることに本当に感謝している毎日ですが、年齢と共にただ好きな漫画を描くだけじゃあもったいないと思うようになってきたのです。
「どれほどの漫画を描いてきてそう言ってるの?」と、突っ込みが入りそうですが、それでもこの道28年、いろんな漫画を描かせてもらってきて今やっと気が付いたのです。
「好きな漫画だけど、この“漫画”という手段を使えば、自分が知ったことを多くの人に伝えることができる」と。そう思うようになったのには理由があります。それはグルメではない“食”と出会ったからなのです。
皆さんご存知の国民グルメ漫画「美昧しんぼ」(図③)も現在は食の安全や食の大切さを語る漫画へと180度方向転換しましたが、おそらく作家さんも気付かれたのでしょう。現代のこのあふれかえる日本の食は、見た目や昧の裏側に恐ろしいことや大きな問題を抱えているという事実を。
そうして「グルメっていかがなものか?」「グルメの裏側って今どうなっているのか?」を知れば知るほど描かざるを得なくなったのかもしれません。
それというのも、長年に渡り究極のグルメ料理を描いてきたからこそではないかと思います。そして震災がありましたから・・・。
僕はグルメの裏側の問題を知らない、知ろうとしない我々消費者にも問題があると思いますが、それを伝えない(伝えきれない)大手マスコミにももどかしさを感じてきました。
しがらみもあるんでしょうけれど。ところがそういうことにいち早く気が付き自ら行動し、実践し、活動し、発信し、そして確実に成果を出している方々が日本中にたくさんいらっしゃることを知ったのです。それを一気に教えてくれたのが「食卓の向こう側」(西日本新聞社)というブックレットシリーズでした。(図④)
話は少し遡りますが、僕の両親が若くして癌で亡くなったこともあり、いつしか食に興味を抱くようになりました。
そうかと言って、「毎日の“食"が体に影響を及ぼすので、健康的な食生活を心がけなければいけないよね」と分かってはいても徹底できる根性もなく、思い出して食の本を読んでは一人で人体実験してみるような中途半端な食生活でした。ただそのような中途半端でも意識の端くれがあったおかげで「食卓の向こう側」に出会ったのだと思っています。
これは西日本新聞記者の佐藤弘さん(本誌VOL.7に寄稿文がありました)が先頭を切って取材した現代の“食卓の向こう側”の実状を伝えてくれているものです。知らないことばかりの内容に、読むたびに考えさせられドキドキしたことを覚えています。またこの本(現在13巻まで。一冊500円)は歯科医師の皆さん全員に読んでもらいたいと思うほどの内容で、歯、口のことにも鋭く触れています。きっとお役にたちます。
偉そうなことを言えば、患者さんが毎日どのような食生活をしているのか、何をどのように食べているのかご存知ですか? 一度今日の朝に何を食べたかを患者さんに聞いてみるのも参考にならないでしょうか? 面白いことが分かるかもしれませんよ。そんなことを思いつき、考えさせられるきっかけにもなると思います。
「食卓の向こう側」是非一読をお勧めします。
とにかく僕はその本と佐藤弘さんとの出会いから、描く内容が食へと変わっていきました。
まず最初に「伝える」ことを描いたのがなんとなんと「食卓の向こう側」コミック編でした。(図⑤)こういうご縁もあるのかと感謝しました。文字の記事の中から厳選したものを、より多くの方に理解していただくための入門書のような内容です。新聞記事を漫画にすることは挑戦でしたが、佐藤弘さんをはじめ、関係記者や編集者と皆で工夫し作り上げました。
その中に先ほどお伝えした歯と口の話があります。(図⑥参照)これは実在の歯科医師の先生に取材し直して描いたものです。これを描きながら僕自身も勉強になり、興味を持ち、より「伝える」ことに意欲が湧いたのは言うまでもありません。
ちなみにさらにこの数年後、「玄米せんせいの弁当箱」(図⑦)という別の連載漫画でもこの内容を取り上げたのですが、その際にはモデルの先生に10時間ほどレクチャーを受けましたし、別の歯科医師の先生にも協力いただき描きましたが、描き切れない口の中の世界の奥深さ、大切さに驚かされたことは、現在進行形で続いています。
怖いけれど面白い!歯科医師の先生方はなんて面白く奇特な仕事をされているんだと思いますが、やはりこちらにも「歯科医師界の向こう側」があるんでしょうか???
僕のこの興味は今も続き、現在「ビッグコミックオリジナル」という大人漫画雑誌に連載している「ひよっこ料理人」(図⑧)の中でも不定期に口の話、歯の話を盛り込んでいます。(主人公のお父さんが歯科医師という設定です)(図⑨)「どらどら、漫画家がどんなことを知ったかぶりで描いているんだ?」と思われた方は、是非単行本でお確かめください。
これからも可能な限り「ひよっこ料理人」の中で取り上げ、歯科医師の皆さんの応援になればと思っています。
また「ぜひ協力したい!」「こんな面白い話があるから描いてほしい」という方がいらっしゃれば沖先生を通じお伝えください。「伝える」ことの難しさは漫画と言えども難しく、いかに楽しく読みながら知って貰うかが技術を要する点です。ストーリーと解説で啓蒙活動って、なかなか漫画家も手を出さないジャンルです。何より取材が面倒ですし、ハウツーものになり兼ねません。
すると興味のある人しか読んでくれません。すると人気が出ません。すると結果本が売れません。すると連載が終わります。すると漫画家は無職になります。すると家族スタッフ共に路頭に迷います。すると・・・危ういものに挑戦中の漫画家です。
最後になりますが
「伝える」ことの難しさは、歯科医師の皆さんも日々抱えながら患者さんに向かわれているのだという話を取材でお聞きしたことがありました。
僕は漫画で大切なことを伝えるにはどれだけ読者目線に落とせるかがまず第一だと思っています。
どうしても伝える側に立つと、上から目線になりがちです。「私があなたに教えてあげるので良く聞きなさい」というような目線になり兼ねません。すると読者は拒絶反応を起こします。「漫画家のお前に教えてもらう必要はない!ましてや説教なんて聞きたくない!」これは自分が読者でも同じことが言えます。
だから目線を落とし読者となんら変わらない主人公が「こんなことがあるんだってさ。知らなかったよねえ。じやあ、ちょっとやってみようか」のような工夫も時に必要になります。
以前、このお話を取材した歯科医師の先生にお話ししたところ、その先生も伝えることに相当なご苦労をされていたようで、真顔で僕に言いました。
「目線を落として伝えることが大切・・・そんなことを考えたこともなかった。いつも患者さんの上から目線だった。勉強になりました。」と。ご年配の先生でしたが、その先生の目がキラキラと輝き出していたのが忘れられません。
キューバ人医師との懇談に参加して
常務理事・医 師 山口 時子
昨年11月下句、有機農法研究会の方からお声をかけていただき、恒志会から鈴木先生、藤巻先生、沖先生、私の4人で懇談会に参加させていただきました。
キューバ人医師と聞いて、カストロ議長のようにご年配の男性医師を想像しながら都内の小さな宿泊施設で待っていると、弱冠24歳のかわいらしい女性医師が現れました。その女性の名はアルレニス バロッソ ペレスさん、医科大学(6年制)を卒業後、統合内科医となり、インドネシアで3ヶ月、パキスタンで6ヶ月、ヘンリー・リーブ災害救援部隊の一員として医療支援活動を経験した後、ハバナ市内でファミリードクターとして午前中は診療所で診察、治療、午後はキューバ国内で実施されている保健医療支援プログラムのサポート活動を行っているとのことでした。
その時まで私はキューバについては社会主義、カストロ議長、アメリカと仲が悪いぐらいの知識しかありませんでしたが、お話を聞いているうちにキューバのお国事情と医療事情は切ってみ切り離せないものであるということを実感しました。
スペインの植民地であったキューバの歴史は、米西戦争の結果、1902年スペインから独立するも米国に従属することになったということから始まります。1959年キューバ革命が起こりカストロ政権が誕生後米国が断交を通告したため旧ソ連がキューバの後ろ盾となりました。しかし1991年に旧ソ連が崩壊すると経済が困窮、さらに米国でキューバ経済制裁が強化されたために中南米やアフリカとの関係を強固なものにしようと、留学生を集め医師の卵に育てて帰そうという試みを始めています。まさに白衣外交です。キューバには22の医科大学と4つの歯科大学があり、教育費は一切かからないそうです。社会主義国なので教育と医療は基本的に無料で、アルレニスさんも人を助ける仕事がしたい、医者になりたい、という子供のころからの夢を実現するために医科大学へ進学したということでした。彼女はまた国外に救助活動に出かけると目を輝かせていましたが、麻薬や暴力がはびこる山間部に派遣された医師が殺されたり、給料が安いうえに仕事がきつくて逃げ出す医師もいるという現実の厳しさも教えてくれました。
米国について訪ねると敵対感情をあらわにするどころか、イラン戟争で犠牲になった家族と交流があるとか、米国製のコ一ラも飲んでるなどと茶目っ気たっぷりに話してくれました。米国と比較して識字率が高く、乳児死亡率が低いのが彼女らの誇りのようでした。
中華料理をいただきながら、あっという間の3時間でした。12月2日には有機農法研究会主催の「食の未来」とキューバの「都市と農業」と題してドキュメンタリー映画上映と講演会がありました.米国における遺伝子組み換え作物の実態とキューバが自給自足で食料を確保している状況などいずれも興味深いものでした。
私にとって見ること、聞くこと、初めてのことが多かったのでとても勉強になりました。このような機会を与えてくださった、有機農法研究会、恒志会の皆様に感謝いたします。
天気と口は西から変わる
医科歯科連携への期待
2012 vol.7
西日本新聞 編集委員 佐藤 弘
1月16目、私は仲間たちと、福岡県宗像市で「命の入りロセミナー」を開いた。口をテーマに、志を同じくする歯科医師や医師、教師、理学療法士らと手をつなぎ、実行委員会形式で開いた3回目のイベント。人口10万人弱の地方都市での開催、有料(1000円)、組織的動員も一切なかったが、会場は1500入の熱気であふれた(写真①)。
なぜこうしたセミナーを、私のような一般紙の新聞記者が展開しているのか。それは、この社会の閉塞状況に風穴を空け、世の中をより良き方向に動かすために新聞ができることは、良質な問題提起と実効性ある“半歩先の提案”だと思うからである。
私たちの主張は、単なる食の安全安心や、食の裏側の暴露でもないし、「○○してはいけない」といった攻撃的な話でもない。主題は「人と社会のありよう」であり、そのものさしを「食」に求めただけのこと。ともすれば、一過性の報道に陥りがちな新聞が、政治でも事件でもない暮らしの記事を家庭面や文化面ではなく1面でしつこく取り上げて続けていることには、多少なりとも意義があると思っている。
「天気と食は西から変わる」を旗印に掲げる私たちのシリーズ最新作が、噛むことの重要性と口腔をテーマにした第13部「命の入り口 心の出口」である(写真②)。
日常の中に潜む危機
西日本新聞は2003年秋、朝刊1面で連載企画「食卓の向こう側」をスタートさせた。
第1部「こんな日常どう思いますか」のプロローグは、福岡市に住む3人家族の、ごくありふれた日常から始まる。「これのどこがニュースなのか」ー。社内には、そんな声もなくはなかったが、掲載と同時に読者から共感の声が続々と寄せられた。
抜け落ちていた「口」
「口」を取り上げようと思ったのは2006年。「地産地消とまちづくり」をテーマにしたシンポジウムに招かれたのがきっかけだった。シンポも終盤に入り、できるだけ地元の物を食べることが、家族の健康と地域の暮らしを守ることだとまとめる私に、パネリストの歯科医師が手を挙げた。
「佐藤さん。あなたはさっきから食材のことばかり言うけど、首から下のことは考えていますか。どんな食べ物も噛まないと意味がないんですよ」
「・・・」いやあ、参った。シンポジウムがきれいに終わらないとか、壇上で己の無知をさらしたとか、そんな次元の話ではない。食をテーマにしていた私の思考のなかで、「噛む」は全く抜け落ちていた部分だったからである。
食を考える際、多くの人は「食べる」ことでしかとらえていない。だが、人の健康度がわかるのは、何を食べたかよりも何を出したかの方だ。立派な便が出るときは、腸内細菌の状態もいい証拠。体の免疫機能も慟いている。
「食べる」前には「作る・捕る」もある。いつ、どこで、だれが、どう作ったかで栄養価は変わるし、それを受け入れる私たちの体の状態も季節によってまた違う。さらに、「買い物する」「調理する」「土に返す」とともに、感謝やひもじさといった感情・感覚と組み合わせて食を語ってきた私に欠けていたのが、「食べる」と「出す」の間にある「噛む」だった。(23頁図)
それから4年。少しずつ取材を進めた。歯科関係者にとっては当たり前の話でも、私にとって取材は驚きの連続だった。さらに、歯だけではなく、呼吸も考えねばならないこと。記者が感じた「ヘー」が読者に伝われば、「新聞を読んで得した」と思ってもらえる。このシリーズは当たると思った。反応は想像以上だった。
シンポジウムからセミナーヘ
2010年2月、恒例の連載終了後のシンポジウムを福岡市内で開催した。メンバーは、メーン講師に、岡山大小児歯科の岡崎好秀先生▽“不採算部門”として総合病院から歯科がなくなる傾向にあるなか、逆に高次医療の一つとして歯科を開設した済生会ハ幡総合病院(北九州市)の松股 孝院長▽歯科からの食育に奮闘する山口知世・歯科医師。満員の会場は、口の世界の奥深さに感嘆した聴衆の声であふれた。
そしていま、展開しているのが「命の入りロセミナー」。これは、社ではなく取材班が主催する、いわば“自主興業”で、予算は一切なし。会場費や講師陣へのギャラ等は、すべて入場料でまかなうのを原則としている。シンポとセミナーの違いに対する私の解釈はこうだ。シンポの場合、不特定多数が相手になるから話の内容は薄く広くになる。一方、セミナーの場合、参加者がある一定程度の基礎知識を持っていることを前提に話を進められるから、即、本論に入れる。有料ゆえに、本気度も高い。
問題はその組み立て方である。これまで記者として200回を超えるシンポジウムを見てきた私の結論は、業界の人が業界のことを大事だと叫んでも、なんの説得力もないということ。身内で盛り上がり、業界紙は特集を組んでくれても、一般紙なら、まあ30行。
歯科に置き換えれば、歯科関係者が「歯を大事にしよう」と叫ぶことと同じ。学会発表のように正しい話を正しく話しても、一般市民が正しく理解してくれるわけではない。
そこで私がとったのが、口呼吸の弊害を説く内科医の今井一彰先生(みらいクリニック、福岡市)をメーンにすえ、歯科医師ではない立場から口の大事さを語ってもらった上で、後半を歯科医師が締めるという構成である。
今井先生は現代人に多い目呼吸を鼻呼吸に変え、人体を支える足の形を矯正するなど、体の機能を正すことによって、関節リウマチやアトピー、アレルギーなどを治療している医師。「歯医者になりたかった」と言うくらい、歯科医師に対するリスペクトがあるから、歯科関係者にも受け入れられると考えた。
とはいえ、一般市民対象の健康イベントは無料が一般的。有料のイベントに集まるのか、多少の不安はあったが、ふたを開けてみると、2010年6月の第1回(福岡県歯科医師会館、400人)、同年9月の第2回(福岡市中央市民センター、500人)ともに入場をお断りする人気ぶりだった。
低すぎる歯科の評価
第13部を連載していて感じたことがある。それは、医科と歯科との間にある壁である。「今度、歯をテーマに取材しようと思うんですが、体と歯の関係は・・・」。何人も、親しい医師に相談したのだが、その多くは、「なんね、歯ね。まあ、歯が悪くなっても、死ぬわけじやないからね」「あんまり咬合とかで、全てが治るように書いたらいかんよ」。それが大半の反応だった。
不思議だった。おなかの中は毎目のぞけないが、口ならいつでも自分でチェックできる。歯茎から血が出たり、口臭がひどくなったりするときは、何かの異常のサインだし、舌でも健康状態はわかる。医学生が授業の最初で学ぶという「ペンフィールドの絵」を見れば、「生きる」ということにおいて、いかに手足と口が、脳と密接なつながりがあるかは、誰が見てもわかるだろうに。
静岡県の歯科医師、米山武義先生が明らかにした口腔ケアと肺炎の関係、静岡がんセンターの大田洋二郎先生らが取り組んでいる、がん患者への手術前の口腔ケアが予後を良好に保つことは、科学的にも証明されている。まさに口は健康のシグナルであり、全身の病とつながっているのに、医科と比べて歯科の評価は明らかに低すぎる。
私たちの体に境目はないのに、器官・機能を、医科と歯科という人の都合で区別していることが、おかしいのではないか。
私はここに現代社会の抱える闇を見たような気がした。
運携こそが道を開く
組織や学問は細分化することで発達してきた。だがそれは一方で、たこつぼのような関係を生んだ。野球でいえば、自分のポジションに来た球は揺るが、ちょっと外れると対象外として見向きもしないようなものだ。でも現実には正面に来る球などごくわずかだから、現実社会とずれていく。
それは、私が生業としている新聞でいえば、いまの時代、新聞がニュースの新しさを追い求め、批判するだけで満足していてよいのか、という疑問と同根である。
記事はあくまで手段であり、よりよき社会をつくるためにある。「新しい」「珍しい」「衝撃的」だけを追い求めて、問題は解決するのか。人々の行動変容が生まれなければ、「報道した]という自己満足で終わる。
それは医学もまた同じではないか。
「症状を聞き、薬を処方するんだけど、薬が効かなくなって」と、友人の漢方医が嘆いていた。長い歴史のある漢方だが、それはヒトの体温が36〜37度あり、よく喘み、歩くこと、そして口ではなく、鼻から息をすることを前提として体系だてられたもの。ヒトとしての前提条件が崩れたとしたら、同じ処方をしても、効果が薄いのは当然だ。 1939年、米国の歯科医師A・プライスが、マオリやイヌイットなど世界Hの未開民族を訪ね歩き、伝統食を食べて健康な生活を送っていた民族が、近代文明に触れたとたんに、歯や口、顔の形だけではなく、精神の疾患まで引き起こしたことを克明に著した「食生活の身体の退化」(恒志会、農文協)」を読んでいた私にとって、俯に落ちる話だった。
根本は、私たち一般人はもちろん、プロの医療関係者も含めて、噛むことや食生活という、極めて日常的な行為を軽視していることにある。根っこを押さえなければ、問題は次々に形を変えて吹き出すだけ。もはや、一歩自らの枠を超えたところに踏み込まねば、真の解決策は見えてこないのは、いずこの世界も同じだろう。
「響育」に見る公教育の可能性
病気という現象だけを見つめ、誰も発見していない難病の原因を突き止める。あるいは奇跡のメスで教う?。それが研究者や、臨床家としての喜びであることはわかる。だが、私たちが目指すべきは、そんな医師たちだけが脚光を浴びる社会ではあるまい。
なにかことがあれば、すぐに駆けつけてくれる消防署にはお金をかけるべきだが、サイレンを鳴らした消防車が忙しく町中を走り回る状況を望む人はいないからだ。基本は習慣の積み重ねにある。そこに目を向けず、対症療法を行っても、また元に戻るだけ。根っこを正す方法が、最大のワクチンといわれる「教育」なのだと思う。なかでも、公教育の果たす役割は極めて大きい。
そこで第3回セミナーには、私たちの連載を活用した授業を展開している長崎県島原地区の口之津小学校、福田泰三教諭に登場してもらった。自ら学んだ知識を家族に語る授業を通じ、「自分が知ったことを伝えることで、家族を幸せにする」喜びを知った子どもたちの活動は、福田教諭のいう学校での学びを家庭から地域へと広げる、「教育」から一歩踏み込んだ「響育」の実践であり、公教育の持つ無限の可能性を示せたと思う(写真③)。
技術、制度、価値観
「医は食に食は具に具は自然に学べ」。聴診器とともに鍬を持ち、有機農業を行いながら、いのちを見つめる医療を展開してきた公立菊池養生園(熊本県菊池市)の竹熊官学医師(現名誉園長)の言葉である。
医学がどんなに頑張っても、食が悪ければ病人は増えるだけ。だが食は、健全な具(一次産業)がなければ成り立たない。その健全な農もまた、清らかな自然(水や空気、上、光など)があってこそのもの。解決すべき問題は常に、いま見えている事象の向こう側にある。
健康なときは、だれも自分の体に注意を払わないが、いったん被害に遭って当事者になれば、言われる言葉は心にすっと入っていく。
そこで、国民病といわれるむし甫や歯周病になって歯科を訪れる患者に、「なぜむし歯になったのか」どんな食生活を送れば歯周病にならないのか」などの指導が行われるようになったらどうだろう。職場で行われる定期健診で血圧を計るように歯科検診が義務づけされたら、国民の意識付けが図られ、健康度はぐっと上がるはずだ。
だが現実には、削ったり、埋めたりしなければ、歯科の経営は成り立たないようにできている。それはまさに、目本の医療制度が解決すべき問題であろう。
ただそれは、「米国並みに国が医療費にかける割合をGDPの10%にまで引き上げる」などという方向ではない。医科歯科連携によって病気が減るのなら、診療報酬が上がって文句を言う人はいない。 2009年度の総医療費は34兆円だが、病気の治療に使った34兆円と、病気にならないために使った34兆円では、その意味は全く違う。国民が望むのは後者にほかならない。
技術、制度、価値観のいずれかに変化があった写真③:班ごとに分かれて発表用の資料をつくる口之津小学校の児童とき、世の中は変わるという。
口を命の入り口にするか、病の入り口にするか。たかだが80万部しかない九州のブロック紙でも、まっとうな価値観をつくるお手伝いぐらいはできる。 2011年度もまた、6月に東京国際フォーラムで開かれる歯科医師最大の学会である日本顎咬合学会に、今井医師や福田教諭と乗り込むことも決まり、セミナーも九州各地で次々に開かれる予定だ。
「天気と口は西から変わる」。面白くなるのはこれからだ。
2011年5月21日付日本医事新報より写真① 1500人の聴衆が集まった第3回命の入り口セミナー
写真② 連載は1回終わるごとに、 ブックレット化
写真は「食卓の向こう側第13部・命の入り口 心の出口」ブックレット
図 筆者が考えた食の循環図写真③ 班ごとに分かれて発表用の資料をつくる 口之津小学校の児童
その人らしさを支える
ー リハビリテーションの実践から ー
2012 vol.7
NTT東日本関東病院リハビリテーション科部長 稲川 利光
はじめに
当院でのリハビリテーション(リハビリ)の取り組みを紹介しながら、“その人らしさを支える”ということについて、私なりの思いを述べたいと思います。
脳卒中から廃用症候群まで
当院は606床の急性期の総合病院です。
当リハビリ科は急性期の脳血管障害や運動器疾患などのリハビリを行なっていますが、それのみでなく、呼吸器科・消化器科・内分泌科・血液内科・緩和ケア科など、院内の全科から寄せられる廃用症候群のリハビリも広くおこなっています。廃用症候群とは、種々の治療を行う中で心身の機能を低下させてしまった患者さんを指します。例えば、「がんの治療はうまくいったけれど、歩けなくなっ
た」「骨折は治癒したが、四肢の関節拘縮が進んでしまった」「肺炎は治癒したけれど食べられなくなった」などといった患者さんです。
高齢者では治療の対象となる疾患の背景に、脳卒中や骨関節疾患、心疾患や呼吸器疾患など、いくつもの合併症があり、ある疾患の発症を契機に他の疾患を併発することが多々あります。病気によるストレス、治療によって加わる侵襲、不必要な安静、不十分な栄養などといったことが相乗して患者さんの心身の機能は容易に低下します。患者さんの高齢化に伴い、商用症候群の患者さんは年を追うごとに増えています。
廃用症候群への課題
入院している廃用症候群の患者さんに対して、私たちは、毎日リハビリを行います。しかし、患者さんの多くは高齢で、その病状も複雑化しており、期待するほどリハビリの効果は上がりません。
そして、日常なんらかの介助を要する状態で退院となるのが現状です。廃用症候群の患者さんの多くは、退院してからも、いくつかの病気をもちながら寝たり起きたりして生活している状況で、どこか一つが悪くなれば、他の悪いところが加わり、生活機能は著しく低下します。寝たきりのような状態となって再入院されてくる廃用症候群の患者さんは後を絶ちません。
廃用症候群の患者さんの栄養状態に関して、2010年に当科で行った調査があります。この調査では、入院時にアルブミン(Alb)が3.5以下の低栄養状態の患者さんは商用症候群全体の80%以上にもおよんでいました。この廃用症候群の患者さんが退院するまでの期間で、①Albが0.3mg/dl以上向上した群(向上群)、②0.3mg/dl以上低下した群(低下群)、③0.3mg/dl未満の増減に留まった群(維持群)の3郡に分けてそれぞれの群で日常生活動作能力(ADL)の変化をみたところ、②の低下部や、③の維持碁に比べて、①の向上部において入院中のADLが有意に改善していました1)2)。
この調査結果を通じて、廃用症候群の患者さんは、入院してこられた時点ですでに低栄養の状態であり、ADLの改善に向けては、疾病の治療と同時に、早期からのリハビリと充分な栄養管理が必要だとわかりました。そして、リハビリスタッフと病棟看護師・栄養士・歯科医師などとの連携強化が非常に重要であることを認識しました。
脳卒中のリハビリ ー急性期での課題ー
急性期のリハビリでのアプローチの要は廃用の予防、意識の賦活、随意運動の促通、肺炎などの合併症の予防です。障害が重度であっても、全身管理のもとで、口腔ケア、スキンケア、その他、関節可動域訓練や麻痺側への意識付けなどを発病当日から行ないます。
急性期の脳卒中治療においては誤嚥性肺炎の予防は非常に重要です。口腔ケアと座位のポジショニング、早期からの栄養管理はリハビリの基本の部分です。
脳卒中の発症直後の患者さんの口の中をのぞいてみると、驚くほど汚いことがあります。意識レベルの不良な重度の患者さんに多いのですが、頻回にケアをしているようでも、少し時間をおくとすぐに汚くなります。歯垢や舌苔、食物残渣やの貯留など、これらはすべて雑菌の繁殖培地となり、肺炎のリスクを高め、患者さんのリハの進行を阻害することになります3)。
ベッド上での姿勢にも配慮が必要です。仰向けに寝た状態では、頭は重いので頚部は伸展位となりがちです。頚部が伸展位となれば、口は開口位となり舌は咽頭方向へ後退します。そして口呼吸による口腔内の乾燥も加わって、舌は干からびたようになり、嚥下機能は大きく低下します。 口がきちんと閉じていれば、舌は前上方向に伸びて、舌の尖端は上顎の歯の裏側に着く状態で安定しま
す。したがって、口を閉じた状態は舌の委細を予防し、口腔内の乾燥も防ぎます4)。
「口を閉じていられること」がとても大切で、そのためにも「臥床時の頚部の伸展を防止する」ことに配慮します。したがって、「座位を保つ」「離床を促す」ことが必要です。さらに加えて、「義歯を外したままにしない」ということも大切な配慮となります。義歯のない状態では下顎が不安定でなり、舌の位置が定まらなくなります。歯がないので上下の奥歯の噛み合わせ、いわゆる「喰いしぼり」ができず、座位や立位が安定しません。
もちろん、ものを飲み込む時の力も低下します5)。リハビリを行う上での義歯の適合は非常に重要でリハビリと歯科との協働は欠かせないものなのです。
咀嚼について
「座位の状態で咀嚼する」ことは、開口位となることの予防や舌運動の改善、唾液分泌による口腔内の自浄作用の促進などにつながります。また、意識レベルを賦活し、頚部や体幹の筋緊張を高め、姿勢を保持することにもつながります6)。
嚥下障害が重度の患者さんには、まずは食物を用いずに運動のみの間接訓練を行いますが、それに加えて小氷片を咀嚼訓練に取り入れます。氷片は有効な咀嚼の材料で、多少誤嚥しても(口腔内がきれいにされていれば)肺炎につながる危険は低いと思います。氷片の代わりに短冊形に切った昆布を咀嚼するのもよいでしょう。ただし、昆布は噛むためのもので、飲み込まないようにします。
氷片や昆布に飽きたら、リンゴのスライスをガーゼに包み、それを咀嚼するもの良いことです。噛めば果汁が出るので、その味覚や香りを楽しみながらの訓練は患者さんのQOLにつながります7)。
「嚥下障害があるにとみなされると、患者さんにはゼリーやプリン、流動食、などと噛まずに飲み込むだけのものだけが提供されてしまうようになります。もっと「咀嚼」することを取り入れたアプローチを考えてもよいのではないかと思っています。
緩和ケアとリハビリ
緩和ケア病棟に入院してくる患者さんは、抗がん剤治療や手術の侵襲を受け、全身の筋力や呼吸機能などが著しく低下していることがしばしばです。担癌状態であるという理由で、リハビリ的なアプローチは受けていないことがほとんどで、「なす術はなく、後は最期を待つ」という心境で、身も心も鬱々として入院してこられます。私たちはそのような患者さんに少しずつリハビリを始めます。座位がとれたり、車椅子に乗ることができるようになる患者さん、歩行ができるようになり、体力がついて外出や外泊が可能となる患者さん、一時的にでも退院できる患者さんがいます。四肢を勤かすだけでも夜間の良眠が得られ、痛み止めのモルヒネの量が減る患者さんもいます。
ほとんどの患者さんが、死亡退院となり、私たちと患者さんとの関わりは、ごく短い期間です。
しかし、その関わりのなかで、患者さん一人ひりが「生きている」ことの大切さを我々に伝え、「希望がある」ということの意味を深く諭してくれます。
私の診察室の机の引き出しには笑顔でVサインをしている患者さんの写真があります。歩行器で歩きながら、満面の笑顔を浮かべ、奥さんがそばに寄り添っている写真です。喉頭癌の末期の患者さんで、話すことも食事をとることもできず寝たきりの状態でしたが、痛みが緩和され、リハビリが行えるようになって、少しずつ歩けるようになりました。本人には「可能ならば、もう一度、自
宅に帰ってみたい」という希望があり、写真はそんな思いをもちながらリハビリをされている時のスナップです。亡くなられる数目前の笑顔です。
希望は叶わずに終わりましたが、そこには希望に向かうご本人の意思があり、その意思を共有するスタッフの関わりがありました。
患者さんが亡くなった後、奥さんから「あんな笑顔が最期までみられたことは、一緒に過ごしてきた家族にとってとてもありがたいことでした」という言葉を頂きました。
死は免れないことであるだけに、それを穏やかに、自分らしく迎えられることはだれしもが念ずることだろうと思います。人生の終末をどのように迎えられるか・・・、それは、本人にとっても家族にとっても、そして関わる私たちにとっても大切なテーマです。
おわりに
急性期の患者さんから緩和ケアの患者さん、そして廃用症候群の患者まで、私たちの目の前にはいろんな患者さんがいます。刻々と時間の単位で症状が変化する急性期の患者さんに対しては、私たちは時間を競うようにして関わります。急性期のリハビリのあり方はその後の患者さんの機能回復に大きく影響するので、関わる側の緊迫感は非常に大きなものです。その一方で、人生の終焉に及んで、亡くなるまでの緩やかな時の流れを共有する患者さんもいます。そこには関わる側のゆとりが必要です。関わり方は異なるにしても、どのような患者さんに対しても、その患者さんにとっての一番大切なリハビリを提供させていただくという思いはいつも同じです。
緩和ケアのリハを始めた当初、私は若いセラピストから「何で亡くなる人にリハビリをするのでしょうか?」と率直な質問を受けたことがありました。「目の前のその人が、あなたのお母さんだったら、あなたの子供だったら、あなたは、どうしたい?」と一緒に考えました。「亡くなるからこそ、治らないからこと大切にしてあげる。その関わりがあってはじめてセラピストであることの技術が使える。持ち合わせの技術でもって関わろうとすると、かえってその関わりが見えてこないのではないか?」そんな議論も繰り返しました。「なぜ関わるか・・・?」私もセラピストも、ともに、自分なりの答えを求めながら、これからも関わりを続けていくつもりです。
障害をもっても、年をとっても、どのような病気になろうとも、最後まで人としての尊厳のある生き方をしていただくこと、それこそがリハビリの目的だと思います。
リハビリに限らず、広く、医療や介護に言えることですが、すべては人と人との関わりの中で行われるものです。技術的なことは確かに必要ですが、忘れてはならないことは、どのような気持で関わるか、そしてその関わりから何を学ぶか、といった姿勢だと思います。患者さんの人生の大切な部分に関わることで、実は私たち自身がどう生きていくか、何を大切にして生きていくか、を学んでいると思います。
人を支えているようで、実は自分か支えられている・・・。人に関わる、ということは一方的なことではなく、相互に得られる大切なものを享受しあうことで成り立つものなのでしょう。
文 猷
1)稲川利光:廃用症候群へのリハビリテーションー栄養状態とADLの関係などについてー.リハビリテーション医学.2008 : 45 : S 236.
2)稲川利光:栄養管理とリハビリテーションについて.The JapaneseJournaLof RehabiLitationMedicine.2010 : 47 : S 1 76.
3)稲川利光:脳卒中リハビリと生活ケア ー急性期から終末期までのトータルケアー.雲母書房: 2010 : 18-51頁.
4)米山武義著,金子芳洋監修:誤囁性肺炎と□腔ケア.介護予防プラクティス.厚生科学研究所. 20-60.
6)藤井蛙朗著 加藤武彦編:大切な噛み合わせ一入れ歯でADLが改善ー.□から食べることの支援.環境新聞社 : 2002 : 30-36頁.
7)柴田浩美:食べる力を取り戻す 一 摂食障害へのアプローチ ー.雲母書房:1998 : 74-109頁.学歴
昭和54年3月 九州大学農学部卒業
昭和57年3月 九州リハビリテーション大学校理学療法科卒業
平成5年3月 香川医科大学医学部卒業
職歴
昭和57年4月〜昭和60年3月 福岡医療団干鳥橋病院リハビリテーションセンター勤務(理学療法士として勤務)
平成5年4月〜平成6年9月 国立香川医科大学第二内科(循環器)入局
平成6年10月〜平成17年3月 NTT東日本伊豆病院リハビリテーション科勤務(内科医長兼務)
平成17年4月〜現在 NTT東日本関東病院リハビリテーション科部長
著書・ビデオなど
「遊びリテーション(障害老人の遊び・ゲームの処方集)」共著 医学書院
「老人ケアの元気ぐすリ」単著 医学書院
「摂食機能療法マニュアル」共著 医歯薬出版
「ガブット・ボグモグ・ゴックン体操」 シルバーチャンネル製作嚥下体操ビデオ
「リハビリの心と力」単著 学研メディカル秀潤社 など。
その他
平成22年度よりNHK教育テレビ「ハートネットTV“にっぱんリハビリ応援団”」に出演中。
資格
日本リハビリテーション医学会専門医日本リハビリテーション医学会指導責任者
NPO法人PEGドクターズネットワーフ理事
NPO法人日本アビリティーズ協会理事
東京医療保険大学臨床教授マイクロバイオーム
口腔マイクロバイオーム解析の歯科医学における臨床的意義
山下喜久・竹下 徹
今秋、第8回創健フォーラムで「医療革命 メタゲノム解析の現状と将来性 ―これからは唾液に注目―」を開催予定ですが、関連する論文です。(マイクロバイオームとはフローラと同じ意味である)
要約
う蝕や歯周病の口腔疾患は口腔内細菌が原因となって発症することは常識になっているが、歯科臨床では細菌学検査を治療や予防に有効に生かし切れていないと言われている。
しかしながら、歯科においては、細菌検査結果に沿って治療法が選択されるという医科の感染症のような診療の流れは確立されておらず 、これまでの口腔疾患の病因論の探求は果たして正道であったのか疑問視されている。
すなわち、病因とは無関係のように見られていた細菌種も各細菌の構成バランスに影響を及ぼし、その結果、各疾患に影響を及ぼしていると考え始められている(図1)。- う蝕
現在虫歯菌として衆知のミュータンス連鎖球菌だが、若年者においては統計学的に有意の関連性が見られるが、成人においては必ずしも密接な関係がみられない。また実験にあたっては、若年動物に限っており、しかも高濃度の砂糖を含む飼料を与えるなど、偏った環境下で行われていることから、単純にヒトのう蝕の説明に適切とは言えないとされてきた。
そこでマイクロバイオーム解析という方法で調べると、う蝕経験者とう蝕未経験者の間には細菌構成の違いが見られた。
今後、メタゲノム解析により全ゲノムを網羅的に調べ、マイクロバイオーム全体の代謝系の違いを明らかにすることで、う蝕原性の本質を俯瞰的にとらえることが期待される。 - 歯周病
1)特異的歯周病原性細菌説の限界
重篤な歯周病では歯周ポケット内の偏性嫌気性菌が関与していると考えられており、特に Prophyromonas gingivalis、Tannerella forsythensis、Treponema denticola の3菌種は歯周病関連菌群とされている。
さらに SpirochetesやFilifactor alosis の菌種なども特異的に存在することが報告されている。
しかし、これらの細菌群は「歯周病巣に特異に存在する」が果たして歯周病の進行に決定的な役割を果たしているかどうかは未だわかっていない。
2)口腔の炎症
被検者200名 (15~40歳)から刺激唾液を採取し、Terrninal restriction fragment length polymorphism (T―RFLP)法Xで 16S rRNA遺伝子を解析し、細菌構成の類似性に基づき3つのタイプに分類した。
その結果、この3タイプのうち Prevotella および Veillonella がより優勢な群では他の2群に比べて歯肉からの出血、深い歯周ポケットを持つ被験者が有意に多かったのに対し、Neisseria、Haemophilus および Porphyromonas がより優勢な群では多くの人の歯肉が他の2群に比較してより健全であった(図2)
Robert Koch に端を発する細菌学に基づいた口腔疾患の病因探求に、何か決定的なものが欠けていたのは、マイクロバイオームではなかったのか。
病原性の強い細菌だけに注目するのではなく、口腔マイクロバイオームの全体構成に鍵があるのかもしれない。筆頭著者プロフイール
山下喜久 :- 1982年に九州歯科大学歯学部歯学科卒業後 、 '86年に九州歯科大学大学院歯学研究科修了。
- 九州歯科大学口腔衛生学講座の助手、講師を経て '93 年に九州大学歯学部予防歯科学講座助教授、2000 年に日本大学歯学部衛生学講座教授を歴任後 '03 年九州大学大学院歯学研究院口腔保健推進学講座教授に就任。
- なお '90年〜'92 年の2年間米国テキサス州立大学ヘルスサイエンスセンター・サンアントニオ校歯学部小児歯科学講座でポストドクトラルフェローとして海外研修を経験。
- 特に興味のある研究 : 口腔の健康と全身の健康の関連性の解明についての研究
実験医学 Vol.32 No.5 (増刊) 2014
- う蝕
図1
新しい口腔感染症の病院論
図2
口腔の炎症と関連する唾液中の細菌構成バランス
ヒトのマイクロバイオーム研究の最前線
2013 vol.8
麻布大学獣医学部動物応用科学科 食品科学研究室教授 森田 英利
ヒトのマイクロバイオーム、すなわちヒト常在細菌叢とは、皮膚、口腔、鼻腔、胃、小腸、大腸、 尿路、膣など全身に及ぶ細菌の集団であり、その菌数を見積もると、ヒト1人には約1,000兆個(1015 個)になるという。
その中で、最も多くの細菌の種類と数が生息するのが大腸であり、大腸では糞便1グラム当たり約1兆個(1012個)の細菌で、 細菌叢が形成されている。
ヒトとヒトの腸内細菌叢(human intestinal microbiota)の関係は、100年の間をおいて、2 人のノーベル賞学者によって啓蒙された。メチニ コフ(Ilya Ilyich Mechnikov)は、1907年の著書「Essais Optimistes(楽観論者のエッセイ)」の中で、“腐敗便が人畜の急死と短命の主因であり、 ほとんどすべての病気および死は腐敗便によって 起こる”という記述から、腸内細菌叢の重要性に気づいた最初の科学者である。そして、レーダーバーグ(Joshua Lederberg) は、2000年 の Scienceで、“ヒトは、ヒトゲノムとヒト常在細菌 叢(human microbiome)ゲノムから成り立つ超有機体である”と述べている。この提言は、その後の興味深い研究成果である、腸内細菌叢による肥満やメタボリック症候群の発症、高脂肪食摂取による胆汁酸分泌を介した腸内細菌叢の変化、腸内細菌叢による個人識別・個体識別、食事成分が常在細菌叢を介して宿主細胞に作用する知見(酢酸による腸管上皮細胞のバリア機能の増強)、腸内細菌叢による宿主免疫系T細胞の分化誘導 (segmented lamentous bacteria:SFBとかセグメント細菌と称される細菌による宿主のTh17誘導) などでも裏付けられている。
2003年(ヒトゲノムの解読完了宣言の年)頃からメタゲノム解析の技術が進展した。“メタゲノム” とは“細菌叢に含まれる細菌のゲノム全体を混ぜ合わせたもの”という意味で、メタゲノム解析とはそのゲノムの混合物の塩基配列を直接、シークエンスしていく解析方法で、その細菌叢全体の遺伝子情報を解明できる。同時に、個別の腸内細菌の全ゲノム情報が順次、明らかにされてきた結果、 その細菌叢に含まれる16SリボソームRNA遺伝子の塩基配列を網羅的に解析する手法(メタ16S解析)も有効な手法となっている。これらの手法に加え、メタボローム解析やメタトランスクリプトーム解析などの“オーミック解析”が、ヒト常在細菌叢研究に取り入れられたことで、現在、ヒトのマイクロバイオーム研究はNature、Science、Cell にも数多く掲載されるなど、興味深くレベルの高い知見を、我々に提供してくれている。さらに、 食事成分が腸内細菌叢に影響を及ぼす知見から、 自由に食べるヒトの食事(アナログ情報)を細菌 叢ゲノムや細菌叢による代謝物というデジタル情報に変換することで、腸内細菌の細菌叢分布を数理モデル化する試みもなされている。
地球上には、分類学上の門(phylum)レベルで約70の細菌が確認されている。大人の常在細菌叢において、門の組成は個人差が大きいにもか かわらず、その90%以上は4つの門(Firmicutes, Bacteroidetes, Actinobacteria, Proteobacteria) に属する細菌で構成されていた。すなわち、ヒト常在 細菌叢を構成する細菌は、ヒトの進化の過程で強い選択圧を受けた結果、わずか4門がヒト常在細菌叢の大部分になっている理由だと考えられている。その組成は、ヒトが恒常性を維持し、健康でいられる理由である可能性が出てきた、また未だ治療法の存在しない130疾患にものぼるヒトの難治性疾患や生活習慣病の理解、治療およびバイオマーカーに、ヒト常在細菌叢を加味して考える報告も蓄積してきた。
ヒトの皮膚、口腔、鼻腔、胃、小腸、大腸、尿 路、膣ごとに、細菌の付着する細胞の種類、水分量、酸素分圧(嫌気度の違い)、pH、宿主からの分泌物、細菌にとっての栄養素の量や種類、細 菌同士の共生関係などが異なることを考慮すると、菌種組成に違いや特徴があるのは容易に推察できる。Firmicutes門は、皮膚、口腔、小腸、大腸、膣での構成比が高く、Actinobacteria門と Proteobacteria門は、皮膚、口腔、鼻腔に多い。 Fusobacteria門の割合が口腔内で多く、TM 7門 は口腔内にしか存在せず、これらは上記の4門には含まれていない。
一方、乳児の腸内細菌叢は、大人で多い Firmicutes門より、Actinobacteria門とProteobacteria 門が多くなっている。これは、乳児腸内細菌叢の中で主要なビフィズス菌(Bi dobacterium属)が Actinobacteria門に分類されるからである。そして、乳児の菌種数は大人の3分の1~5分の1であるが、大人と同様に4つの門が主要な腸内細菌叢になっているのは興味深い。これは、ヒト常在腸内細菌叢を構成する菌種は個人差が大きいにもかかわらず、いわゆる“メタゲノム”でみた場合、遺伝子組成はほぼ同じという意味である。これは、 個人の菌種の違いや年齢の違いがあったとしても、健常なヒトがもっている腸内細菌叢のもつ遺伝子が共通であるのは、ヒトが菌種で細菌叢を選択しているのではなく機能をもつ遺伝子で選択していると考えれば、妥当かもしれない。
例えば、シロアリは自然界においてセルロースの分解に携わる重要なはたらきをしているが、食 物は主に枯死した植物で、その主成分はセルロースである。しかし、下等シロアリではセルロースを分解する能力が低く、消化管内の共生微生物(主に原生動物)の助けを得ている。一方、高等シロアリでは、シロアリ自身もセルロースを分解する 酵素(セルラーゼ)をもっていることが確認されている。これは細菌から昆虫(宿主)への遺伝子の水平伝播を示唆していると考えられている。
一般に生物において、新たな機能は長い時間を経て自身の既存の遺伝子の重複(パラログ)などの進化により獲得する。しかし、そのシステムは非常に時間を要するため、上述のような戦略があり、ヒトも食生活に合わせて自身の生存に有利なエネルギー源の拡大をしてきた。ノリやワカメの 多糖類を分解する酵素は、海洋性細菌がもっているものの、ヒトはノリやワカメの多糖類を分解できないと考えられていた。しかし、日本人の 70 ~ 80%(欧州人では2~3%)はノリやワカメの多糖類を分解する酵素を、上記の海洋性細菌を腸内細菌に迎えることでもつことになった(Nature, Hehemann, 2010)。日本人は、8世紀にはノリを食べていたことがわかっている。日本人が海藻を食べ続ける過程で細菌が腸内に入り、腸内にもともといた共生細菌がその遺伝子を取り入れて進化し、海藻の消化酵素を作るようになった可能性がある。これは、食料事情が不十分な時代に、これらの細菌は人体が作れない酵素を出して、消化吸収を助けており、日本人が獲得した生き残り戦略とも考えられる。70 ~ 80%の日本人はノリやワカメからエネルギーを獲得しているはずで、彼らにはノリやワカメはノンカロリー食にならないことを意味している。
難治性疾患である関節リウマチ、多発性硬化症、クローン病などの自己免疫疾患は、制御性T細胞 (Treg)との関連が知られており、特定のヒト腸内細菌叢によってTregが形成されることが明らかにされつつある。また、高脂肪食が胆汁酸の過剰な分泌を誘導し、その胆汁酸が腸内細菌叢を変化させることで肥満になったり、がんになる可能性も示唆されている。そのような場合、病気が先か、腸内細菌叢の異常が先か、という疑問が生じ る。Cell(Garrett, 2007)の報告で、実験的に潰瘍性大腸炎を誘導したマウスを、健常なマウスと co-housingした結果、健常なマウスの腸内細菌叢 が潰瘍性大腸炎モデルマウスに類似し、その結果として潰瘍性大腸炎の症状を呈した可能性がある。すなわち、「腸内細菌叢の異常が先」という知見である。
一方、腸内細菌は口から入ってくるしかないことが妥当で正しいことを証明するために、我々は無菌マウスにヒト唾液を経口投与し、その後、マウスの糞便から回収した細菌叢を調べた結果、 元々はヒト唾液中の口腔内細菌叢であったもの が、マウスの消化管ではヒト腸内細菌叢に類似した構成に変化することを確認した。すなわち、口腔内には存在するがマイナーだった細菌(検出されないほどの菌数だが、確かに存在している細菌) が、腸内では増殖できる条件が整うのでヒト腸内細菌叢が形成していた。つまり、腸内細菌叢の源は口腔内細菌叢である知見を得た。また我々は、 唾液を採取し口腔内細菌叢の解析によって、潰瘍性大腸炎、クローン病、IgA腎症、歯周病などを迅速同定できる可能性を実感している。健常な口腔内細菌叢の維持は、腸疾患や自己免疫疾患、ひいては、がんなどの全身性の病気を予防できるか もしれない。
東京大学の服部正平先生らが、腸内細菌叢の研究において、前述したメタゲノム解析および網羅的16S解析の手法を確立することで興味深い知見がいろいろ報告されてきた。これは世界的な時流でもあり、high impactのjournalに、腸内細菌叢に関連した新知見が、今まで以上のペースで報告され、それほど遠くない時期にヒトの健康維持や治療に貢献する日がくると信じている。
1963年生まれ
1987年に岡山大学農学部を卒業し、同大学大学院の修士課程・博士課程を修了した。1991年に同大学大学院の学術博士を取 得し、その後、米国ミネソタ州立大学において、博士研究員(Post doc)で1年半、乳酸菌の遺伝子組み換えの仕事に従事する。 1992年から麻布大学に職を得て、2010年からは教授。
大学間の相互協力として、2009年からは神戸大学 農学部と青山学院大学 理工学部の非常勤講師を引き受けている。 また、2009年から現在も内閣府消費者庁の消費者委員会において食品の機能性を評価する(トクホ)専門委員をつとめている。 代表的な論文には、Natureに3報の論文がある。
現在に至る研究テーマ
乳酸菌、ビフィズス菌、その他の腸内細菌の機能性からの全ゲノム解析、メタゲノム解析などによるヒト・動物 由来の細菌叢解析,乳酸菌、ビフィズス菌、その他の腸内細菌の新菌種の提唱。 乳酸菌やビフィズス菌などの細菌の全ゲノム解析を、東京大学の服部教授・大島特任助教および九州大学の藤特任講師と展開中。
NHKのサイエンスZEROに出演。
おもな著書
『メタゲノム解析技術の最前線』(シーエムシー出版)、『「乳酸菌とビフィズス菌 のサイエンス』(京都大学出版)、『乳酸菌の保健機能と応用』(シーエムシー出版)
Natureに掲載された論文
1) Obesity-induced gut microbial metabolite promotes liver cancer through senescence secretome肥満で「肝がん」が発症しやすくなる。肥満によって腸内細菌が変化し、特殊な細菌が発症の引き金に!
Yoshimoto S, Loo T-M, Atarashi K, Kanda H, Sato S, Oyadomari S, Iwakura Y, Oshima K, Morita H, Hattori H,Honda K, Ishikawa Y, Hara E, Ohtani N,Nature (2013) doi:10.1038/nature12347
2) Treg induction by a rationally selected Clostridia cocktail from the human microbiota大腸に常在する芽胞形成菌(Clostridium属など)による制御性T細胞の誘導:自己免疫疾患(関節リウマチなど)やアレルギーの新たな治療法に応用の可能性
Atarashi K, Tanoue T, Suda W, Oshima K, Nagano Y, Nishikawa H, Fukuda S, Saito T, Narushima S, Hase K, Kim S, Fritz JV, Wilmes P, Ueha S, Matsushima K, Ohno H, Bernat Olle B, Sakaguchi S, Taniguchi T, Morita H, Hattori M, Honda K,Nature (2013) doi:10.1038/nature12331
3) Bifidobacteria can protect from enteropathogenic infection through production of acetateビフィズス菌が産生する酢酸による病原性大腸菌感染症の予防
Fukuda S, Toh H, Hase K, Oshima K, Nakanishi Y, Yoshimura K, Tobe T, Clarke JM, Topping DL, Suzuki T, Taylor TD, Itoh K, Kikuchi J, Morita H, Hattori H, Ohno H,Nature, 469, 543-547 (2011)
メタゲノムから読み解く
ヒトマイクロバイオームの生態と生理機能
2015 vol.10
早稲田大学理工学術院先進理工学研究科 教授 服部 正平
人体には数百種の常在菌が数百兆個生息しています。常在菌の住処は口腔、鼻腔、胃、小腸・大腸、皮膚、膣など全身にわたりますが、その種類や菌数、組成比は生息部位によって異なり、それぞれ固有の細菌集団(常在菌叢)が形成されています。とくに、腸内細菌叢は、宿主ヒトの健康と病気との関連性から古くから注目されています。
しかし、膨大数の細菌の種類、多くの難培善性細菌の存在、個人間での高い多様性などが理由で、その明確な機能や全体像の解明は長く技術的に困難となっていました。
ところが、細菌叢の遺伝子と細菌情報を同時に網羅的に収集するメタゲノム技術が2004年に開発され、さらに近年における次世代シークエンス技術(NGS)の革新的な進歩により、上記技術的な諸問題が解決されました。くわえて、2008年にヒト常在菌叢ゲノム(ヒトマイクロバイオーム)研究の国際コンソーシアム(IHMC: lnternational Human Microbiome Consortium)が立ち上がり、とくに腸内
細菌叢研究は一気に世界的に加速しました。その結果、ヒト腸内細菌叢の生態及びその生理機能について多くの新知見が得られ、これらの研究から、ヒト腸内細菌叢がこれまでの想像を越えて多様かつ密接にヒトの病態と生理状態に関係することが明らかとなってきました。
一方、最近では、腸内細菌以外の常在菌叢の研究も進められています。とくに、口腔細菌叢は口腔疾患のみならず全身的な疾患との関連も報告されて来ています。本フォーラムでは、私たちのグループが進めている最新技術を用いたヒト腸内及び唾液細菌叢の生態と機能に関する研究成果をご紹介します。
【学歴】
1965-1968 大阪府立清水谷高等学校
1968-1972 岐阜大学工学部工業化学科
1972-1974 岐阜大学大学院工学研究科修士課程修了
1974-1979 大阪市立大学大学院工学研究科博士課程修了(工学博士)
【職歴】
1979-1984 東亜合成化学工業株式会社研究員
1984-1989 九州大学遺伝情報実験施設助手
1987-1989 米国スクリプス研究所及びカルフォニア大学サンディエゴ校研究員
1990-1990 九州大学遺伝情報実験施設助手
1991-1998 東京大学医科学研究所ヒトゲノムセンター助教授
1999-2002 理化学研究所ゲノム科学総合研究センターチームリーダー
2002-2006 北里大学北里生命科学研究所教授
2006-2015 東京大学大学院新領域創成科学研究科教授
2015 現在に至る。
【主な研究歴】
機能性高分子の研究(1974〜1982)。DNAシークエンス技術の開発とそれを用いたヒトゲノムLI反復配列の研究(1982〜1987)。炎症性たんぱく質の遺伝子発現機構の研究(1987〜1990)。国際ヒトゲノム計画に参画し、21番染色体や11番染色体などの完全解読に従事(1991〜2004)。大腸菌0157やピロリ菌などの病原細菌のゲノム解析(1999〜2004)。2003年頃より、メタゲノム解析法によるヒト常在菌叢(マイクロバイオーム)の生態と生理機能の研究を進めている。著書・総説に『ヒトゲノム完全解読から「ヒト」理解へ』(東洋書店2005)、「メタゲノム解析技術の最前線」(シーエムシー出版2010)、細胞工学「体内の細菌が作るもう一つの世界マイクロパイオームの驚異」(秀潤社2013)など。
【各種委員、非常勤講師等(過去歴も含む)】
専門誌DNA Research編集委員、日本学術会議連携会員、日本学術振興会ゲノムテクノロジー第164委員会運営委員、日本学術振興会産学協力研突委員会委員、日本ゲノム微生物学会評議員、France-Génomique 外国人アドバイザリーボード、カザフスタンNazarbayev大学アドバイザリーボード、国際ヒトマイクロバイオームコンソーシアム運営委員、麻布大学客員教授、法政大学・金沢大学・九州大学非常勤講師。網羅的な腸内・口腔内細菌叢解析から
食生活と病気が見える
2015 vol.10
岡山大学大学院 環境生命科学研究科教授 森田 英利
2011年のNature誌に、民族、環境、遺伝要因よりも“食事"の内容がエンテロタイプ(血液型のように腸内細菌叢のタイプ)を決定する要因となることが報告されました。つまり、”肉食系”はBacteroides型、食物繊維の摂取比が高い“草食系”はPrevotella型、そして食生活との関連が見いだせないとか”雑食系”と称されるのがRuminococcus型という分類です。
日本人の8割以上は、Ruminococcus型に属する一方で、食事内容が豊富な日本人は独自の遺伝子をもつ細菌叢が存在するという興味深い知見も出されつつあります。
腸内細菌叢研究は、1885年のPasteurによる“生体での腸内細菌有用説”に端を発し、1960年代の後半にはMitsuoka、HaeneL、Mooreらにより、腸内細菌の培養と分類が進展しました。その後も、腸内細菌叢による生体影響への知見が蓄積し、腸内細菌叢研究は機能性食品の開発にも大きな役割を果たしてきましたが、最も大きなインパクトとなったのは2006年のNature誌に掲載された”肥満腸内細菌叢”に開する研究でしょう。
肥満とは、食べる量・食事内容および遺伝的背景(満腹中枢の障害等)に起因するものという考えに加えて、腸内細菌叢の在り方が肥満と関係しているという指摘です。肥満腸内細菌叢では、バランスとしてFermicutes門の細菌グループが増えている一方で、細菌叢全体の菌種数が減少するというdysbiosis(腸内細菌叢の全体として保有する遺伝子の数が減少し”全体として機能的に劣った”細菌の構成)状況にあります。
2013年のScience誌の報告では、肥満腸内細菌叢で足りなかった健常細菌叢のすべての菌種が入り込むと肥満体重が正常化しています。
また、種々の疾病において腸内細菌叢のdysbiosisが指摘され、加えて腸内細菌叢の“窓口”となる口腔内細菌叢(口腔ケアー)との関連や重要性も報告されてきました。腸内細菌叢のバランスの異常が疾病につながると想定されるのであれば、それらの疾病おいては腸内細菌叢の改変が根本治療の可能性を担うのは食事ということになり、あらためて健康とは日々の食生活や日常生活の重要性が見直される時なのかもしれません。
【学歴】
1978-1982 香川県立土庄高等学校
1982-1986 岡山大学農学部畜産学科
1986-1988 岡山大学大学院農学研究科修士課程修了
1988-1991 岡山大学大学院自然科学研究科博士課程修了(学術博士)
【職歴】
1991-1992 米国ミネソタ州立大学Food Science and Nutrition学部博士研究員
1992-1996 麻布大学獣医学部助手
1996-2000 麻布大学獣医学部専任講師
2000-2010 麻布大学獣医学部助教授・准教授
2010-2015 麻布大学獣医学部敦授
2015-現在 岡山大学大学院環境生命科学研究科教授
【主な研究歴】
乳酸菌における遺伝子のクローニングおよび分子育種学的研究(1986〜2000)。
乳酸菌とビフィズス菌の全ゲノム解析と機能的比較ゲノム解析(2000〜現在)。ヒトおよび哺乳動物の腸内細菌から分離した新菌種の提唱(2003〜現在)。網羅的な
常在菌叢(マイクロバイオーム)の解析(2003年〜現在)。著書・総説に「プロバイオティクスとバイオジェニクス」(エヌ・ティー・エス2005)、「乳酸菌の保健機能と応用」(シーエムシー出版2007)、「乳酸菌とビフィズス菌のサイエンス」(京都大学学術出版2010)、「メタゲノム解析技術の最前線」(シーエムシー出版2010)、「HandbookofMolecularMicrobial Ecology ll: Metagenomics in Different Habitats」(John Wiley&Sons lnc 2011)、「微生物機能学一微生物リソースと遺伝子リソースの応用?」(三共出版2012)、「微生物学第2版」(講談社2013)、「わ
かりやすい食品機能学」(三共出版2014)など。
【各種委員、非常勤講師等(過去歴も含む)】
内閣府消費者委員会新開発食品調査部会新開発食品評価第二調査会委員、日本畜産学会常務理事・編集委員、日本NO(一酸化窒素)学会評議員、腸内細菌学会広報委員、日本乳酸菌学会庶務担当理事、神戸大学・青山学院大学・岡山県農林水産総合センター農業大学校非常勤講師。
......................................................................................................................最近、Cell誌に、「Th17 cell induction by adhesion of microbes to intestinal epithelial cells」というタイトルで、服部教授・森田教授が共著の論文が掲載されました。
本研究は、慶庶大学医学部の本田賢也教授が主導で進められた研究プロジェクトで、17型ヘルパーT細胞(Th17細胞)が、ヒトの腸内細菌叢により誘導されることを証明したものです。以前、同じグループでNature詰に、制御性T細胞(Treg細胞)が、ヒトの腸内細菌叢により誘導されることを報告しており、これで重要な免疫担当細胞が宿主の腸内細菌叢によって誘導されるエビデンスが揃ったことになります。医療革命 メタゲノム解析の現状と将来
― これからは唾液に注目 ―
2015 vol.10
NPO法人恒志会常務理事 沖 淳
医療の現状と将来
超高齢化、少子化、生き方の多様化・個人化で社会が大きく変化する中、日本の医療も改革を求められています。
2025年問題に向けて国は政策の大胆な見直しを始めています。多額の費用が必要な医療についての見直しも中央社会保険医療協議会費用対効果評価専門部会において費用対効果の検証を始めています。とくに多額の医療費がかかる高齢期、平均寿命と健康寿命の差、約10年をどうするのかが大きな課題です。健康日本21(2次)では「健康寿命の延伸」が大きな目標の一つになっています。
限られた社会資源・資本をどう活用していくのか、制度として健康寿命を伸ばしながら長期的に医療費をどのように削減できるか医療制度の抜本的な見直しもすでに始まっています。医療費の減少につながる研究は優先順位が上位に位置づけられ政府からの研究費
も特化されてきています。
これから電子カルテで受診者の病歴などがビッグデータとして集まってきます。それらを活用して科学的根拠(エビデンス)に裏付けられた医療を目指した全国を対象とした大規模コホート研究へ結びつく可能性もあります。人工知能ロボットの発達や新知見で無駄のない効率的なテーラーメード医療へと進んで行くかもしれません。
将来目指す方向性として最も重要なことは一次、二次、三次を含めた予防です。いま疾病予防につながる研究やエビデンスに基づい
た未病段階での介入、予防のための創薬の開発などが急速に進められています。
現状は生活習慣病、とくに慢性疾患が急速な勢いで増加して治癒・寛解することなく生涯薬漬けの状態になっているのが問題視されています。ですから、これからの医療は多くの生活習慣病が健康寿命を短縮している現状からすると生活習慣改善への積極的な介入や自立までの十分な支援が必要なのです。
それはライフステージのいつからなのか、何か有効なのか、エビデンスを確立して目標を「数値化」「見える化」して行動変容を起こさす手段も研究していかなければなりません。
生活習慣の中でも生きていくために欠かせない食事、大きな影響力をもつのが食生活です。食生活が病気に大きく関係していることは周知の事実です。身体によい食べ物は何かと問われた場合、はたしてエビデンスに基づいたものなのか疑わしいものもあります。そのことを解決することができると注目されている新しい科学が出てきました。それが、常在細菌叢とヒトとのかかわりを解明することができるメタゲノム解析(網羅的細菌叢解析を合む)です。
なぜ今メタゲノム解析が注目されるのか
生命科学、医療分野において最近すでに治療にも応用され始め、医療革命となるのではないかと期待されている研究の一つがメタゲノム解析です。
ヒトの体には多種の常在菌が存在し、外部の病原微生物からの攻撃を防ぎ健康を維持しています。このようなマイクロバイオーム(Microbiome ・ 細菌叢)を構成する細菌の多くは分離・培養が困難なためその生態の全体像や生理機能が明らかではありませんでした。この解析技術の特徴は、試料中の徹生物のDNAを混合物として拍出し、このDNA集合体の塩基配列を解読することができます。メタゲノム解析により従来の方法では困難であった難培養菌(嫌気性菌など)のゲノム情報が人手可能となってきたことが大きな変化です。
従来微生物の研究は主に感染症領域を中心とした単一の微生物種を対象としたものでしたが、次世代シークエンサーをはじめとする近年の解析技術の進歩により、多種多様な微生物を1つの集合体(腸内細菌叢、口腔内細菌叢など)として評価できるようになっています。我々の体内にすむ膨大な教の細菌が、マイクロバイオームというまとまりをなし、ヒトの細胞とやり取りをしながら、私たちの身体の生理機能をコントロールしていることがわかってきました。服部正平教授が出演された2月に放送のNHKスペシャル「腸内フローラ解明!驚異の細菌パワー」をご覧になった方も多いかもしれません。
腸内細菌がガン、糖尿病、炎症性腸疾患、アレルギー、肥満、うつ病など全身の健康に関係することが明らかになり、今までの医療を根本から変えていく画期的な発見が次々と放映されました。すでに生体便移植として治療に生かされている疾患もあります。また、脳と腸内細菌の関係が明らかになり、性格や感情までも変えるということもわかってきました。
メタゲノム解析により人の健康・疾患の状態とマイクロパイオームの状態との関連性を科学的に明らかにすることができようになってきた今、さらに予防医療として肥満予防、糖尿病予防、貧血予防、血栓予防、アレルギー予防、老化予防を進めるための診断技術開発が急速に進んでいるのです。
第8回創健フォーラム講師について
マイクロバイォーム研究の国内外の第一人者である早稲田大学大学院(元東京大学大学院)服部正平教授に、『メタゲノムから読み解くヒトマイクロバイオームの生態と生理機能』と題してマイクロバイォーム研究の現状と今後の方向性についてお話をしていただきます。先生はゲノム解析、メタゲノム解析において世界のマイクロバイオーム研究のパイオニアです。
1990年ごろ米国主導ではじまった国際プロジェクト「ヒトゲノム計画」はヒトゲノムの全塩基配列を決定してヒトの持つ全遺伝子を発見しようという壮大な計画でした。
ヒトをつくる元の設計図を手に入れ、病気を起こす遺伝子の発見や個々の遺伝子が作り出すたんぱく質を見つけて老化、死、生体防御のメカニズムに遣ることを目標に始まりました。その国際プロジェクトでアルツハイマー病などの病気遺伝子があることやダウン症の原因染色体であることで医学的には大変重要なヒト21番染色体の全解読などに大きく貢献されました。 2000年5月にはNature誌の表紙をかざり、21番染色体全解析の国際プロジェクトで完成し世界を驚かせた「The DNA sequence ofhuman chromosome21」論文はある年の科学に関する論文のインパクトファクター(文献引用影響率)が世界第2位なりました。その論文のFirst Author(筆頭著者)は服部正平先生です。そして現在は、世界で最も注目されているメタゲノム解析の第一人者として世界を股にかけてご活躍中です。
現在国内で行われているメタゲノム解析に係わる多くの研究にも携わっておられます。
岡山大学大学院 環境生命科学研究科の森田英利教授は服部教授とも多くの共同研究をされており、今回の講演では『網羅的な腸内・口腔内細菌叢から食生活と病気が見える』と題して、食事と病気との関係をお話していただきます。先生は内関府消費者委員会新関発食品調査部会新関発食品評価第二調査会委員(所謂、トクホ審査員)です。食品機能学、微生物ゲノム学、ヒトの細菌叢解析と腸内細菌・ビフィズス菌の比較ゲノミクス、ヒト腸内・口腔内細菌叢(マイクロバイオーム)解析などで場内細菌の機能性からの全ゲノム解析、その他の腸内細菌の新菌種の提唱や発酵乳製品の開発を目指して、プロバイオティクスやバイオジェニックスとしての乳酸菌の探索と応用に関する研究にも取り組まれています。以前NHKのサイエンスZEROにもご出演されました。
両教授の共同研究が2011年と2013年に合計で3編の論文がNature誌に、そして最近、1編がCe11誌に掲載されました。今回のフォーラムでは下記のようなことをみんなで学ぶ機会にしたいと思います。
・常在菌叢のメタゲノム解析とは、そこから何かわかるのか?
・健全な腸内細菌叢とは?口腔常在菌叢と腸内編菌叢の関係は?食生活との関係は?
・欧米人と日本人との腸内細菌叢に違いがあるのか、その特徴は?
・常在菌叢のゲノム解析から病気が治せる?
・腸内細菌叢とプロバイオティクスとプレバイオティクス(ヨーグルトなど)の関係は?
歯科への応用と将来
歯科でも、口腔マイクロバイオーム解析で口腔感染症の新たな病因論を研究する動きが出始めていますが、口腔細菌叢におけるメタゲノム解析研究はまだ始まったばかりです。
唾液から細菌叢を調べていくと服部先生、森田先生は腸内細菌と同じぐらいの菌種がいる可能性を示唆されています。常在細菌叢は腸内細菌叢の次に多い口腔常在菌叢。う蝕や歯周病は口腔細菌が原因となって発症することは周知の事実ですが、マイクロパイオームの解析で個体差による病因論が明確になってくるかもしれません。とくに歯周炎に関与しているPorphyromonas gingvalis などの偏性嫌気性菌は従来の方法では研究は大変困難でした。メタゲノム解析により新たな発見につながる可能性があります。
歯科における従来から行われているう蝕、歯周病だけの治療や、修復物、補綴物だけでは、歯科が社会に貢献できる部分は大切なことですが限られたものになります。これからの歯科医療は体全体、全身との関係を見据えていく必要があり、さらに予防中心の医療にシフトしていきすべての国民が健康な生涯を送れるよう、また健康維持・増進できる一助となる診療科として貢献する必要があります。
唾液はこれから注目です。唾液からすでにアミラーゼ計測によるストレス測定、咀嚼により唾池中のグルコース変化で咀嚼能率を数値化することが可能になってきています。
今後、唾液から口腔内細菌叢のメタゲノム解析を行うことで病気の原因の究明や、予防・未病での介入、エビデンスに基づいた食事指導ができるようになるかもしれません。
健全な口腔内細菌叢とは、どの段階で決まるのか、もし問題があれば変えることができるのか、環境因子、食生活で改善することができるのかその研究が必要です。腸内常在菌叢のメタゲノム解析には糞便を採取する必要があります。口腔常在菌層は唾液の採取で済みますから診療室でも簡単に行える利点があります。メタゲノム解析は技術、計測器の驚くべき進歩で、初期には一人1000万円程度コストがかかっていたものが現在では数万円でできるようになるまでに進歩しつづけています。多くの方に実施できるのも夢ではなくなりつつあります。将来全国民が幼児期に常在菌叢をメタゲノム解析し疾患のリスク度を判定し、個人に合った予防プログラムを作成していくことができるようになる時代が来るかもしれません。
進化の過程からも食生活は文化であり、ヒトに影響を与えてきました。食生活は遺伝子の変化、細菌叢に関わる重要なものです。
食生活もエビデンスに基づいた指導ができる時代がもうそこまで来ています。生涯健康や病気に関わってくる食事指導をどの段階で介入するのか、だれがそれを受け持つのか、親であり、学校教育であるのは当然いえますが、健康を受け持つ医療従事者はどこかで係わる必要があるはずです。医療者は病気になってから介入するのでは遅すぎるように思います。未病の段階で必ず介入が必要でしょう。食事指導を医科の中で積極的に導入しているのは糖尿病、腎臓病などがあります。これらは主に疾患の食事指導です。
食の問題を予防、未病の段階で介入しやすい科は食べ物の人口であり乳幼児期から高齢者まで長期間その人とかかわっていく歯科(口腔科)が最適です。まずは歯科界にこれらに関する研究者を育てエビデンスを確立することです。
そのためにはカリキュラムの中に生命科学や分子生物学、臨床栄養学が導入されていかなければなりません。臨床家と研究者、異分野との連携もますます重要となってきそうです。健診の在り方も変わってくるかもしれません。時代は大きく変化しています。
この機会に今までになかった最先端の科学から歯科の将来連むべき方向性をみんなで考えていきましょう。
「ヒトゲノム」の基礎を理解するための重要用語
- ゲノム:ゲノムは英語でgenomeと綴り、gene(遺伝子)と-ome(総体または全体という意味)の合成単語。すなわち、生物の全生命活動および子孫への遺伝を担う元となる概念的な全遺伝情報を意味する。
- DNA:ゲノムの実体。 Deoxyribo Nucleic Acidの略で、日本語でデオキシリボ核酸と言う。4種類の塩基(G、A、T、C)が、ある並びで長くつながった高分子化合物。ヒトゲノムは約30億塩基対からできたDNA。
- 染色体:細胞分裂時に見られるDNAがとる高次構造のひとつで、DNAがコンパクトに折りたたまれている。名前の由来は、ある染料で顕著に染まることによる。
- 塩基:英語でbase。 DNAにはグアニン(G)、アデニン(A)、チミン(T)、シトシン(C)の4種類の塩基がある。一方、RNA(リボ核酸)には、チミンに代わリウラシル(U)が使われる。塩基の並びを塩基配列と言う。
- 遺伝子:DNAの塩基配列情報のうちで、生命現象を担うたんぱく質およびRNA分子をつくる配列部分。
- mRNA:遺伝子部分からつくられるRNA分子。遺伝子の塩基配列を伝達(messenger)することからmRNAとよばれる。 mRNAから酵素をもちいて試験管内でつくられる、mRNAと同じ塩基配列をもつ2本鎖DNAをcDNAと言う。
- たんぱく質:アミノ酸がつながってできた高分子化合物。生物の体や細胞の構成維持、さまざまな生命現象にかかわる生体反応を実際に担う。
服部正平著『ヒトゲノム完全解読から「ヒト」理解へ』(東洋書店2005)から引用
Writer profiles
佐藤 喜作
日本有機農業研究会理事長
秋田いのちと農を考える会会長
風土・フードかなかぶクラブ会長
秋田えごまの会長
獣医師
山口 時子
常務理事・医師
藤巻 五朗
常務理事・歯科医師
加藤 宗哉
作家 ・「三田文学」編集長
1945年 東京生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。
学生時代に遠藤周作編集の「三田文学」に参加、同誌に発表した小説が文芸誌に転載され作家活動に入る。
著書に『モーツァルトの妻』(PHP文庫)、『遠藤周作 おどけと哀しみ―わが師との三十年』(文藝春秋)『愛の錯覚 恋の誤り―ラ・ロシュフコオ『箴言』からの87章』(グラフ社)、『遠藤周作』(慶應義塾大学出版会)など。
現、慶應義塾大学文学部非常勤講師、東京工芸大学芸塾学部非常勤講師。
1997年より「三田文学」編集長。
魚戸 おさむ
漫画家
5月9日北海道函館市出身。
1985年、わんぱくコミック(徳問書店)にて「忍者じゃじゃ丸くん」でデビュー。星野之宣や村上もとかのアシスタントを務めつつ児童誌を中心に活勤していたが、
1989年にビックコミックオリジナル(小学館)にて、原作に毛利甚八を迎え「家栽の人」を連載。人情味あふれる裁判官を描いて人気を博した。
同作は1993年にドラマ化されている。
以降は青年誌で執筆を続け、2002年同誌にて、原作者の東周斎雅楽と組み「イリヤッド ー入矢堂見聞録ー」を連載開始。
歴史のミステリーとサスペンスを巧みに融合して注目を浴びた。
2011年からは「ひよっこ料理人」を連載中。
佐藤 弘
西日本新聞 編集委員
1961年生まれ。福岡市出身。
中学時代、有吉佐和子の「複合汚染」を読み、ふるさとの野山がおかされていくわけを知る。百姓を志し、東京農大農業拓殖学科に進学するも、深遠なる「農」の世界に触れ、実践者となることを断念。側面から支援する側に回ろうと西日本新聞社に入社。システム開発部、日田支局、筑豊総局、経済部などを経て、現在、生活特報部で「農、食、くらし」を担当。
著作
「『農』に吹く風」(共著、不知火書房)、
「食卓の向こう側1~12、12、13」(共著、西日本新聞社) コミック版「食卓の向こう側」(原作、西日本新聞社)、
「竹田読本」(共著、西日本新聞社)
「農は天地有情~宇根豊聞き書き」(西日本新聞社)、
「アイガモがくれた奇跡~古野隆雄聞き書き」(家の光協会)
稲川 利光
NTT 東日本関東病院リハビリテーション科部長
学歴
昭和54年3月 九州大学農学部卒業
昭和57年3月 九州リハビリテーション大学校理学療法科卒業
平成5年3月 香川医科大学医学部卒業
職歴
昭和57年4月〜昭和60年3月 福岡医療団干鳥橋病院リハビリテーションセンター勤務(理学療法士として勤務)
平成5年4月〜平成6年9月 国立香川医科大学第二内科(循環器)入局
平成6年10月〜平成17年3月 NTT東日本伊豆病院リハビリテーション科勤務(内科医長兼務)
平成17年4月〜現在 NTT東日本関東病院リハビリテーション科部長
著書・ビデオなど
「遊びリテーション(障害老人の遊び・ゲームの処方集)」共著 医学書院
「老人ケアの元気ぐすリ」単著 医学書院
「摂食機能療法マニュアル」共著 医歯薬出版
「ガブット・ボグモグ・ゴックン体操」 シルバーチャンネル製作嚥下体操ビデオ
「リハビリの心と力」単著 学研メディカル秀潤社 など。服部 正平
早稲田大学 理工学術院
先進理工学研究科 教授
学歴
1965-1968 大阪府立清水谷高等学校
1968-1972 岐阜大学工学部工業化学科
1972-1974 岐阜大学大学院工学研究科修士課程修了
1974-1979 大阪市立大学大学院工学研究科博士課程修了(工学博士)
職歴
1979-1984 東亜合成化学工業株式会社研究員
1984-1989 九州大学遺伝情報実験施設助手
1987-1989 米国スクリプス研究所及びカルフォニア大学サンディエゴ校研究員
1990-1990 九州大学遺伝情報実験施設助手
1991-1998 東京大学医科学研究所ヒトゲノムセンター助教授
1999-2002 理化学研究所ゲノム科学総合研究センターチームリーダー
2002-2006 北里大学北里生命科学研究所教授
2006-2015 東京大学大学院新領域創成科学研究科教授
2015 現在に至る。著書・総説に『ヒトゲノム完全解読から「ヒト」理解へ』(東洋書店2005)、「メタゲノム解析技術の最前線」(シーエムシー出版2010)、細胞工学「体内の細菌が作るもう一つの世界マイクロパイオームの驚異」(秀潤社2013)など。
森田 英利
麻布大学獣医学部動物応用科学科
食品科学研究室教授
履歴
1963年生まれ
1987年に岡山大学農学部を卒業し、同大学大学院の修士課程・博士課程を修了した。1991年に同大学大学院の学術博士を取 得し、その後、米国ミネソタ州立大学において、博士研究員(Post doc)で1年半、乳酸菌の遺伝子組み換えの仕事に従事する。 1992年から麻布大学に職を得て、2010年からは教授。
大学間の相互協力として、2009年からは神戸大学 農学部と青山学院大学 理工学部の非常勤講師を引き受けている。 また、2009年から現在も内閣府消費者庁の消費者委員会において食品の機能性を評価する(トクホ)専門委員をつとめている。 代表的な論文には、Natureに3報の論文がある。
現在に至る研究テーマ
乳酸菌、ビフィズス菌、その他の腸内細菌の機能性からの全ゲノム解析、メタゲノム解析などによるヒト・動物 由来の細菌叢解析,乳酸菌、ビフィズス菌、その他の腸内細菌の新菌種の提唱。 乳酸菌やビフィズス菌などの細菌の全ゲノム解析を、東京大学の服部教授・大島特任助教および九州大学の藤特任講師と展開中。
NHKのサイエンスZEROに出演。
おもな著書
『メタゲノム解析技術の最前線』(シーエムシー出版)、『「乳酸菌とビフィズス菌 のサイエンス』(京都大学出版)、『乳酸菌の保健機能と応用』(シーエムシー出版)
ジャンルごとに分類してあります
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